バトルバディ・ア・ラ・カルト
 


     




  *例によって事態のお品書き、説明まるけの章です。
   堅苦しい話の羅列です、流し読み推奨。(おいおい)


 「…見えない敵、ですか。」

どこかの大聖堂を思わせるほど、
天井も高ければ奥行きもたっぷりある、それは広々とした空間。
片側の壁は全面がその高い高い天井までというガラス張りの大きな窓となっており、
しかも相当に高層階なので、
ヨコハマの市街や雄大なブリッジ込みの港の眺望を総て、
居ながらにして独占出来てしまう贅沢さで。
とはいえ、大聖堂と例えたほどに人々がいくらでも集えそうなほど広いのに、
室内はいやにがらんとしていて、
中央に十人ほどが掛けられそうな、重厚なダイニングテーブルが据えられているものの、
毎夜毎食にすべての席を埋めて使っているようには到底見えず。
それなりの装飾も整えられていて、殺風景とまではいわないが、
強いて言えば 生活感というものが欠如していて、
いかにもエグゼクティブセレブリティな、高尚な透明感に冴え渡った空間だと言え。
そんなハイセンスな大広間が、ポートマフィアの頂点に君臨する首領の執務室だそうで。
ちょいとごちゃごちゃとしたやりとりがあってののち、
芥川の黒外套もきっちりクリーニングされたのが戻って来たのを受け取っての、さて。
こちらは今日のお務めの報告に赴いた中原と芥川の二人もまた、
この事案の関係者に数えられているからだろう そのまま居残るよう言われ、
前回の共闘で集められたそのままの顔ぶれが、
こちらの首領である森鴎外氏の口から、某政府筋からの対処依頼を聞くことと相成った。
ポートマフィアの首領といやぁ、滅多なことでは目通りできるはずもない御仁だが、
敦とはその肩書付きで紹介される前にひょんなところで出会ってもいて。
今にして思えば、もしかして偶然ではなくそれなりの作為が挟まった出会いだったのやもしれないが、
それでも…本当の肩書を知っても、不思議とその時の印象が薄れないままの人で。
手入れの行き届いたそれなのだろう、眉も髪も肌もすっきりと整えられ、
過ぎるほど華美ではないが、フォーマルの定型から逸れないシャープな身だしなみと、
それでいて適度に着ならし感のある鷹揚さとが厭味なく同居する、
愛想よく笑っている今は、敦ほどの少年にも過ぎる恐れを感じさせはしない、
気さくささえまとった人物であり。
それぞれの陣営に分かれる格好、長テーブルの右と左へ二人ずつ着席した若者らに
温和で鷹揚そうな眼差しを均等に送った森氏から、おもむろに切り出されたのが、
とある監視ビデオの映像付きの、今回提示された案件とやらのまずは取っ掛かり。

 「官僚が管理する政府の法案関係の資料棟に、
  先月からのこっち、正体不明な影が不埒にも出入りしていたそうでね。」

只の侵入者でも十分不穏な話だし、
管理されている様々な重要資料自体にも、
紙媒体のアナログ原本に破損があったり、
デジタル格納されているものも失われているものがあったりと、
ただならぬ被害が出ているらしく。
これは由々しき事態だと対策本部が立ち上げられ、
人海戦術繰り出して早急に鳬を付けんとおじさんたちが頑張ったものの、

「だが、影とは言ったが、
 実際には監視カメラで姿を捉えることが不可能な手合いだそうで。」

手元近くにあったリモコンで大窓へ次々に厚手の緞子のカーテンを引き、
雄大なセレモ二のような優雅さでそれを終えると、
次にはテーブルに置かれてあったプロジェクタのスイッチが入れられる。
結構な暗がりの中、
カーテンの操作と並行して降ろされていたらしいスクリーンに映し出されたのは、
いかにも庁舎風の厳格そうな建物の正面玄関や
夜陰の帳が降りる中、常夜灯が粛中然と灯る廊下、誰もいない書庫や閲覧室などで。
数分もなく次々画面が入れ替わるのは、
それ以上観ていても何も動きがないと既にチェックが入っているかららしく。
ようよう計算された配置の監視カメラでは、ネコの仔一匹の影さえ拾えず、
なのに、資料の綴りが破損していたり、フラッシュメモリが紛失していたり、
サイバーテロのような回線への外部侵入では到底不可能な、
物理的な異常が発見される日々が続いて。
対策本部の面々には、面子の崩壊を告げるよな眠れぬ日々が続いたが、

 「ところが、そんな不可思議現象の牙城を崩したのが、
  何と旧式の設備だったそうでね。」

旧の資料室の監視カメラと記録システムは、
今時にはもはや替えのテープの入手が難しかろう、
それは物持ちが良いことに VHSだったがため。

 「まさかと思いつつもそっちの画像を浚ったところ、」

言うより見せた方が早いということだろう、デジタルへ落としたという画像が再生される。
こちらは滅多に閲覧もされぬような記録を管理するのだろ、
分厚いファイルを整然と並べた書架が連なる部屋が映し出されており。
そこへとドアを開けて現れた怪しい人影が、不自然な照度の中を歩む姿が映っている。

「あ。」

だがだが途中で、まるでフィルムがツギハギされたように、
そりゃあ唐突に宙へ掻き消えるという、
そちらはそちらで別な不思議現象が捉えられており。

「…幽霊?」

ついのことだろ、稚くも素直な声を発した敦だったのへ、森はやんわりと微笑い、
じゃあなくて、と
老練な教諭のようにわざわざ丁寧に応じてやってから、

「どうやら時間にかかわる異能者らしいのだ。」

何と言っても、このヨコハマで随一と言える異能者集団のそのトップだけに、
不可解な現象から、それを引き起こせる異能はと推察するのもお手の物であるらしく。
それへと即妙に応じたのが太宰で、

「成程、時間を止めて、
 その間、自分だけが自在に動けるという手合いですね。」

なので、取り残された格好の我々からすれば、
不意に姿が消えて、別なところへ瞬間的に移動したかのように見える。
移動先が遠ければ、そのまま“消えた”ように立ち去られてしまうことにもなろう。

「ああ、とんでもない異能者だ。」

デジタル式のに一切映っていなかったのは、コンマ何十分の一秒というほども細かいそれ、
カメラの眼が“まばたき”をするタイミングを会得しての神技的な所業だろうと思われて。

「一度に停めて動ける時間は割り出したところほんの5秒くらいらしいが、
 それでもそれを繰り返せば、
 何物にも拘束されぬ存在として勝手気ままが行使できる。
 途轍もない能力だよ、これは。」

「そうですね。
 工夫次第でどんな場所への侵入も自在。痕跡も残らない。
 軍の施設や原発の最深部、首相官邸。
 何なら凄腕の暗殺者にだってなれますね。」

今の時代には最も価値のある“情報”というお宝も、
こそりと侵入したうえで端末使用者の背後に寄ってって覗くという
最もアナログで馬鹿馬鹿しい方法でもって、
なのに何の痕跡も残さず、思うままに入手できる恐ろしさであり。
太宰が持ち出した最悪の実例を、不遜だと眉をしかめもしなかった森だったのは、
自分たちの生業の一部だからではなく、

「その“暗殺”の予告がとうとう届いていてね。
 エネルギー省の大臣を、来週のとある慰霊セレモニー中に殺すと。
 思い直してほしければ金塊を用意しろと言って来た。
 ただ、」

アナログな監視カメラで録画された映像は、
その終焉辺り、長い回廊の果てでうずくまってしまう人影を拾っており。

  そんな何者かへ ふわりと何かの影が覆う

羽織ったマントのようなものを広げ、くるりと囲うことで画面から掻き消した、
別の人影がほんの刹那 画面へ出て来て終わっており。
スクリーンが暗転したのと同時、
閉じたとき同様の鷹揚さで、窓辺のカーテンがゆっくりと開かれてゆく。
夜明けのようにじわじわと明るさを取り戻す中、

「…同じ異能の持ち主、ですか?」

二人とは厄介なと中原が眉を寄せたが、

「いや、これは…別口だな。」

太宰が眉をしかめて応じる。

「同じ能力だというなら、最初から共に忍び込んで異能を交互に繰りだせばいい。
 そうすれば ああまで疲労困憊の体で倒れることもなかろうよ。」

「そう。後から現れた方は単に姿を消せる、正確には他から見えなく出来る異能だね。」

「見えなくする?」

幽霊のように掴めぬ物質に転換してしまうという異能もないではないのかもしれないが、
こやつのは光学的トリッキーな異能だよ。
よくよく見ておれば、絨毯上に足跡らしき痕跡が点々々と続いてく、と。
黒服が運んできた薄型モニターに、先程の最後の映像を再度 映させた森氏であり。

「視るという行為や現象には光の屈折がかかわっていて、
 例えば少し粘度のある液体の中へ宝石を沈めて
 屈折率の作用で隠すトリックなんてのは古来から有名だし、
 実用向けにも電磁メタマテリアルと呼ばれる素材による“光学迷彩”というのが研究されている。
 振動系か色覚系か、相手からの見え方、光の反射を操作して見えなくなる、
 言ってみれば隠れ蓑系の理屈で姿を隠すタイプの異能なんだろね。」

だが、監視カメラというのは設置された数だけ多角的な視線が向かってくるわけだから、
面と向かっている一人の眼を誤魔化すより難儀な話で、
それで時間を止める側の人物がへとへとになったところへの回収係として同伴したのだろうよ。

「向こうがちゃんと素通しになってる高レベルではあるが、
 よくよく見れば輪郭が見えなくもないしね。
 でもこっちだって馬鹿にしたものじゃあない。」

雑踏の中などに潜まれたら、見つけるのは難儀だろうし、

「実はセンサーへの反応が微塵も拾えないらしい。」
「おや。」

 赤外線による感熱系や反射系もですか?
 ああ。
 それじゃあ実在さえ覆い隠せる極めものじゃないですか。

単なる隠れ蓑が相手なら、
見えなくとも居はするのだから、ソナー方式でかかればいいはずで。
音波を当てて反射で探るという手があるのだが、
それさえ攪乱してしまい利かぬということは、

「見えない以上の“いない”を実現させられるのですね。」

ところどころ難しい話だが、そんな中で谷崎さんの“細雪”をつい思い出す敦で、
姿をくらますというのは 成程ただならぬ効果を醸す物凄いことなんだなと感心しておれば。
それを遮ったのが、実にあっけらかんとした中原の声だった。

 「別にうろたえるほどのこっちゃねぇだろ。」
 「???」

理屈にはちゃんと追随していた上で、だが、
あまりにさっくりと言い立てだしたものだから、

 「中也、まさか君の重力操作の異能を展開させてハエ取り紙みたいな空間作って一網打尽とか、
  そんな力技を思いついたとかいうんじゃなかろうね。」

いくら体力馬鹿なキミでも、
相手が現れる前からずっとずっとそんな格好で待機なんて出来ないでしょう?
私が言ってること、判るかな?と、太宰が殊更丁寧な言い回しをしたのへ、

 「人をあほの子みたいに扱うんじゃねぇよ

地を這うような低い声にて、凄味も満点に言い返し、
まあまあと畏れ多くも首領様が仲裁に入るという展開となって。

 「…いつもこんなだったの?」
 「まあこんなものだ。」

立派に身内だろうに、敦と共に他人ごとみたいに見守る誰かさんなのも、
イマドキといや今時なのかも知れなかった。


  to be continued.(17.06.02.〜)





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 *面倒な理屈まるけですいません。
  先の騒動の人工衛星の方が、
  グローバルな脅威だったのにまだ判りやすかったですよね。
  しかも、もしかせずとも穴だらけだと思われます。
  笑って許してやってください。(とほほん)